はるのねいろ

まめたろうとこまめの成長記録です。

あっという間の3歳(3歳)

こまめが3歳になった。我が家で一番小さいから,まだまだ赤ちゃんな気がしてしまうのに、もう3歳。

 

おしゃべりが本当に上手で、「だってこまえほんよんでほしいんだもん!」とか、意味がわかっているのかよくわからないが接続詞を使うようになった。

 

こちらが言ったこともよーく覚えていて、「ビスケットかってくれるっていってたよね?」と、こちらが忘れていても必ずリマインドしてくれる。

 

まめたとの違いを感じるのは、お人形さんなどを使ったごっこ遊び。まめたは電車やヒーローもののおもちゃで模倣して遊ぶことはあったが、こまめはこまめの考えている生活?を物語にして遊んでいる。PayPayでお支払いをしていたり、ふくろはおつけしますか?と言っていたり、そんなこと見てるんだ!と,こっちが驚かされる。

 

先日は保育園で、保育園ごっこなるあそびをしたらしく、お友達が赤ちゃん役、自分はお母さん役だったそうだ。「変わらなく元気でーす」と、登園の際に私がいつもいう言葉を言っていて笑っちゃった、みたいな話を先生に聞いた。その日の夜は家でも保育園ごっこ。ごっこ遊びがブームの3歳。

 

 

ごめんっていわなくていいよ(2歳11ヶ月)

2歳なのに、時々出てくる大人みたいな?喋り方。「こま、おえかきしたかったんだけどな〜。まーいっか!」とか、ちょっとした小さな、いろんな感情を言葉にできているのが大人っぽく感じるのかな?とも思っていた。

 

夜,家事をしている私に、かかー、えほんよんで!とお誘いがあったので、ごめんね今手が離せないんだ、と答えると、そっかーと納得して一人で絵本を読もうとし始めた。いつもは、読んで読んで!!と要求してくることが多いだけに、なんだか申し訳ない気持ちになって、ごめんね読んであげられなくて、と言ったら。

 

「かか、わるいことしてないんだから、ごめんっていわなくていーよ!」

 

と、びっくりするようなことを言われてしまった。思わずこめさんにすぐ連絡。ぺこさんがよく言ってるからかな?とお返事が。

 

そうだなぁ、まめたには確かによく言っていた。悪いことをしたならごめんだけど、そうじゃない時はごめんじゃなくていいよって。今はごめんじゃないよって。まめたもときどきそんなニュアンスのことを言っていたりする。それがこまめにも伝わっていたのかな。1日の最後にほっこりしたできごと。

ととがいた!(2歳10ヶ月)

子どもが寝たあとに帰ってくるとと。こまめは朝起きて、ととがいるのを見つけるとすごくハイテンションになる。

 

かか!ととがいるよ!ととがおばあちゃん家からきてくれたよ!こま、かたぐるましてほしいしてほしいっておもってて、すいぞくかんにも、ととと、ににと、かかと、こまで、いきたいいきたいっておもってたの!

 

とある日の、ととを見つけたときのこまのことば。これをにっこにこの笑顔で、すごく嬉しいんだって表現する言い方で話してくれた。

 

水族館はたぶん、たまたま前の日に水族館に行ったときの写真を見て頭に残っていたんだろう。父がいて嬉しいを、どう言葉にしようかな?と考えながら、こんなことを話してくれる様子が可愛らしい。

お母さんが体調をくずしたとき(11歳&2歳)

珍しく体調を崩した。ものすごい寒暖差、花粉、単純に蓄積していた疲労。少し休めということだなと思って過ごしている。インフルエンザBが流行しているので、それにあたっちゃったらどうしよう、とハラハラしていたけど、無事回避。それだけは本当によかった。

 

さて、基本かあちゃん1人体制のため、これまで私が体調を崩すとまめたがものすごく不安になった。しかし今回、体調を崩したと言っても比較的元気?に動いていたからなのか、不安さがまったく見られなかった。通常営業である。

 

おにぎりつくって!コーンスープつくって!と、自分はマンガを読みながらかーさんにリクエスト。かーさん具合悪いから自分でやって、とさすがに言うわたし。しかし、にぃにがそういえばとうぜん、こまも!と、こまめもリクエスト。このやろうと思いながらおにぎりを作りました。

 

でも、不安にならなくなったのはよかったかな、と思っている。今回はそこまで具合悪そうじゃなかったからかな、とは思うけれど、お母さんが具合が悪かったらどこにどう連絡をすればいいかなど、まめたがしっかりわかるようになった証拠でもあるのかな。どちらかというと、インフルじゃない?と警戒され、近づきたくないみたいな雰囲気を出されて、感染対策としてはそうなんだけど、君たちがインフルになる時はかーさんが近くで看病してるんだよ?と思ってしまったりもした。

機嫌が悪いときほどことばがたくさん出る(2歳9ヶ月)

こまめはことばが達者だ。それを痛感するのは、機嫌が悪かったり怒っているときに、急におとなかな?と思うくらいペラペラとしゃべりだすとき。

 

まめたのとき、というか幼児さんって、まだ自分の思いを言葉にうまく表せなくて、手が出ちゃったり物にあたっちゃったり、泣いちゃったりするんだと思っていた。まめたも比較的そうだった。

 

ところがこまめは、自分の要求が通らない時、やりたくないことをやらせられようとした時に限って、言葉がびっくりするほど出てくる。

 

最近びっくりしたふたつのこまめ語録。

 

「このまえトイレでできるって言ったんだからそれでいいじゃん!」

→トイレトレーニングをゆるゆるしているのですが、トイレに行く気があるときとない時がある。なのにパンツには憧れがあって、恐ろしいことにオムツなしでパンツを履こうとする。トイレでできるようになってからだよ、と言ったらこの一言。ちゃんと長い文章になっていることに驚く笑。たしかに、少し前にトイレでできるよ!と言ってはいたけど笑。

 

「こまはぐあいわるくないもん!」

→かかが体調が悪く、しかしお風呂にはこまめひとりでは無理で,早く一緒に入ってしまいたい。かか具合悪いから早く入ろうよ〜と必死に話しかけていたら,こう言われてしまった。たしかに、こまは具合悪くないもんね。

 

「きゅうりあと2本あるよ?」

→これはこまめの記憶力に驚いたことば。きゅうりの酢の物が好きなこまめ、でももう作ったのがなくて、もうないよ、と話したら出てきた言葉。確かに前日にきゅうりを三本買って,一本だけ酢の物にしたからあと二本あるわけで、買い物のときからよく見ていて、あと2本ってわかったんだ!というのが驚きでした。

 

「まってて、こまこれしてるからね」とか、「いまこれやってるからまっててっていってるじゃん!」とか、そんな言葉は毎日普通に使っているこまめ。機嫌が悪いときにものにあたることってほとんどなくて、言葉でブワーッと言い返してくるので、もっと大きくなったらどうなるのやらとハラハラ。

自分の気持ちを分析すること(10歳&親業修行中)

こまめが新メンバーに加わって、3度目の年末。年齢もあるのだろうけど、まめたの成長、とりわけ内面の成長が著しい。もちろん、そういう発達段階だったということはあると思うけれど、こまめの影響は間違いなくあると思う。

 

こまめがにぃにのおもちゃを使いたがったとき、まめたがこんなことを言っていた。

 

「今日は使ってもいいよ!でも明日はどうかわかんないかも。使ってもいいよって思うときもあるし、やだなって思うときもあるからさ。機嫌悪い日もあるし。」

 

なんて的確な自己分析なんだ、と、これを聞いて驚いた。思わず褒めた。お母さんだってそれはおんなじだな、疲れててできないことキツイ言い方になっちゃうことあるもんね、それがわかってるってすごい!と。

 

他者への思いやりとか共感とかその前に、まずは自分の気持ちや状態の分析があるって、すごく大事だ。こめさんにこのことを話した時、そりゃそうだよね、ゴミが道に落ちてたら拾った方がいい行いと言われるだろうけど、拾う気持ちになるときもならないときもあるもんね、それで拾わなかったからって責められるものではないもんね、と、話してくれた。

 

自分の気持ちをがまんして、誰かのために尽くすことはしなくていい,と思う。でも、今日は誰かや何かに寛容になれそうだなってときに、誰かに自分の分を分けてあげることはできたらいい,と思う。あるいは、ほんとはめんどくさいけど、でもやったほうがいいと思うことに手を挙げられる気持ちは、自分の気持ちを大事にしていないと生まれないんじゃないかと思う。なんか、そんなことを考えさせられた。

 

革小物を作る(10歳)

最初のきっかけは、誰も来れない週末を、腹ポンのわたしとまめたの2人でどう過ごそうかな、と悩んで調べたワークショップだった。妊婦なので運動はできないが、2人でどこにも出かけないのも難しい。工作が好きなまめたならワークショップがいいんじゃないかな?と、腹ポンの時期に探して行ったもののひとつが、革小物だった。

 

革小物ワークショップに通うこと、気づけば4年。毎月ではないし、用事でいけないこともあるので二、三ヶ月に一回くらいの頻度。それでもずっと続いている。しばらくこまめが赤ちゃんだったので、ずっとまめたとお父さんの2人で通っていたが、わたしもやりたいなぁ、と、2人の財布やらコインケースやら,素敵な作品を見ているうちに思って、今年は2回ほど、まめたとお母さんのペアでやったりもした。

 

親バカもあるだろうが、まめたは、うまい。デザインを考えるのに時間をかけるが、そこが終われば本当に早い。なにより縫うのが早くて丁寧だ。早くて雑なのは私だが笑、まめたは器用なのか、工作や美術が好きでたくさんやってきたからこそなのか、丁寧で早い。早く終わらせたいから急いでいるわけでもなく、本当に丁寧で早いのだ。

 

わたしも久しぶりの革小物づくり、無心になって作品に集中できる感覚がすごく心地よくて、家でもできる趣味にしたいなぁ、なんて話している。でもたぶん、今の家庭環境では家にその空間を作るのは難しそうだな、こうして違う場所でやれるからこそありがたく手軽でいいのかもしれないな、と、色々思う。家族みんなで何かをつくって、作品についておしゃべりする時間もとても楽しい。大きくなったこまめも、革小物つくるのが好きだといいな,この輪の中に入れたらいいな、と、勝手に想像を膨らませている。つくることって楽しい、そんな気持ちは伝わってるんじゃないかな、と思う。