はるのねいろ

まめたろうとこまめの成長記録です。

薬を飲む覚悟(3歳)

こまめはお薬が大嫌い。まだ赤ちゃんだった頃はジュースやら何やらに混ぜて誤魔化されてくれていた時期もあったのだが,ここ最近はもうどの方法を取っても薬を飲んでくれず、吐き出したり大暴れしたりで、せっかく通院しても結局お薬が飲めない、という状況が続いていた。

 

AIやら何やらに対策を相談したり調べたりして,考えうる方法はすべてとったが,全部ダメ。いつか飲めるようになるだろうけど、それっていつなの‥‥、せっかく病院行っても効果がないんだよ‥‥、と、げっそりしていた。

 

そして先日、風邪をひいて病院へ。薬がまた出たけど、どうせ飲まないんでしょ,吐き出すんでしょ、と投げやりな母ちゃん。でもこのままだも困るから、投げやりな感じで、お薬飲まないと注射とかになるからね!咳治んないからね!と、説得してるんだから脅してるんだかな言い方でこまめに話しかけた。こまめは、ぴゅん!と寝室に逃げていった。

 

するとまめたがこまめを追いかけて、何やらお話ししてくれている様子。そのうち、こまめが笑顔で走って戻ってきて,お薬飲む気になった!と話してくれた。

 

まめたは、お薬飲むと咳が良くなること、このままお薬が飲めないとお母さんの言う通り注射とかになっちゃうこと、がんばってみようよ、みたいな感じでこまめに説明してくれたらしい。こまめはもう、話がだいぶわかるので、こまめなりに受け止めて,お薬を飲む心の準備をしてくれたようだった。

 

さて、それから。お薬飲むよと声をかけると、まだお薬飲む気持ちになってないからまって!と逃げたり隠れたりすることはあるものの、飲む気持ちになると出てきて大きなお口を開けてくれる。

 

まめたがこまめと丁寧に向き合って話をしてくれたことも、こまめが薬にチャレンジしてくれた背景にある気がする。おかげで、こまめの咳は家族の中で誰よりも早く良くなった。

あっという間の3歳(3歳)

こまめが3歳になった。我が家で一番小さいから,まだまだ赤ちゃんな気がしてしまうのに、もう3歳。

 

おしゃべりが本当に上手で、「だってこまえほんよんでほしいんだもん!」とか、意味がわかっているのかよくわからないが接続詞を使うようになった。

 

こちらが言ったこともよーく覚えていて、「ビスケットかってくれるっていってたよね?」と、こちらが忘れていても必ずリマインドしてくれる。

 

まめたとの違いを感じるのは、お人形さんなどを使ったごっこ遊び。まめたは電車やヒーローもののおもちゃで模倣して遊ぶことはあったが、こまめはこまめの考えている生活?を物語にして遊んでいる。PayPayでお支払いをしていたり、ふくろはおつけしますか?と言っていたり、そんなこと見てるんだ!と,こっちが驚かされる。

 

先日は保育園で、保育園ごっこなるあそびをしたらしく、お友達が赤ちゃん役、自分はお母さん役だったそうだ。「変わらなく元気でーす」と、登園の際に私がいつもいう言葉を言っていて笑っちゃった、みたいな話を先生に聞いた。その日の夜は家でも保育園ごっこ。ごっこ遊びがブームの3歳。

 

 

ごめんっていわなくていいよ(2歳11ヶ月)

2歳なのに、時々出てくる大人みたいな?喋り方。「こま、おえかきしたかったんだけどな〜。まーいっか!」とか、ちょっとした小さな、いろんな感情を言葉にできているのが大人っぽく感じるのかな?とも思っていた。

 

夜,家事をしている私に、かかー、えほんよんで!とお誘いがあったので、ごめんね今手が離せないんだ、と答えると、そっかーと納得して一人で絵本を読もうとし始めた。いつもは、読んで読んで!!と要求してくることが多いだけに、なんだか申し訳ない気持ちになって、ごめんね読んであげられなくて、と言ったら。

 

「かか、わるいことしてないんだから、ごめんっていわなくていーよ!」

 

と、びっくりするようなことを言われてしまった。思わずこめさんにすぐ連絡。ぺこさんがよく言ってるからかな?とお返事が。

 

そうだなぁ、まめたには確かによく言っていた。悪いことをしたならごめんだけど、そうじゃない時はごめんじゃなくていいよって。今はごめんじゃないよって。まめたもときどきそんなニュアンスのことを言っていたりする。それがこまめにも伝わっていたのかな。1日の最後にほっこりしたできごと。

ととがいた!(2歳10ヶ月)

子どもが寝たあとに帰ってくるとと。こまめは朝起きて、ととがいるのを見つけるとすごくハイテンションになる。

 

かか!ととがいるよ!ととがおばあちゃん家からきてくれたよ!こま、かたぐるましてほしいしてほしいっておもってて、すいぞくかんにも、ととと、ににと、かかと、こまで、いきたいいきたいっておもってたの!

 

とある日の、ととを見つけたときのこまのことば。これをにっこにこの笑顔で、すごく嬉しいんだって表現する言い方で話してくれた。

 

水族館はたぶん、たまたま前の日に水族館に行ったときの写真を見て頭に残っていたんだろう。父がいて嬉しいを、どう言葉にしようかな?と考えながら、こんなことを話してくれる様子が可愛らしい。

お母さんが体調をくずしたとき(11歳&2歳)

珍しく体調を崩した。ものすごい寒暖差、花粉、単純に蓄積していた疲労。少し休めということだなと思って過ごしている。インフルエンザBが流行しているので、それにあたっちゃったらどうしよう、とハラハラしていたけど、無事回避。それだけは本当によかった。

 

さて、基本かあちゃん1人体制のため、これまで私が体調を崩すとまめたがものすごく不安になった。しかし今回、体調を崩したと言っても比較的元気?に動いていたからなのか、不安さがまったく見られなかった。通常営業である。

 

おにぎりつくって!コーンスープつくって!と、自分はマンガを読みながらかーさんにリクエスト。かーさん具合悪いから自分でやって、とさすがに言うわたし。しかし、にぃにがそういえばとうぜん、こまも!と、こまめもリクエスト。このやろうと思いながらおにぎりを作りました。

 

でも、不安にならなくなったのはよかったかな、と思っている。今回はそこまで具合悪そうじゃなかったからかな、とは思うけれど、お母さんが具合が悪かったらどこにどう連絡をすればいいかなど、まめたがしっかりわかるようになった証拠でもあるのかな。どちらかというと、インフルじゃない?と警戒され、近づきたくないみたいな雰囲気を出されて、感染対策としてはそうなんだけど、君たちがインフルになる時はかーさんが近くで看病してるんだよ?と思ってしまったりもした。

機嫌が悪いときほどことばがたくさん出る(2歳9ヶ月)

こまめはことばが達者だ。それを痛感するのは、機嫌が悪かったり怒っているときに、急におとなかな?と思うくらいペラペラとしゃべりだすとき。

 

まめたのとき、というか幼児さんって、まだ自分の思いを言葉にうまく表せなくて、手が出ちゃったり物にあたっちゃったり、泣いちゃったりするんだと思っていた。まめたも比較的そうだった。

 

ところがこまめは、自分の要求が通らない時、やりたくないことをやらせられようとした時に限って、言葉がびっくりするほど出てくる。

 

最近びっくりしたふたつのこまめ語録。

 

「このまえトイレでできるって言ったんだからそれでいいじゃん!」

→トイレトレーニングをゆるゆるしているのですが、トイレに行く気があるときとない時がある。なのにパンツには憧れがあって、恐ろしいことにオムツなしでパンツを履こうとする。トイレでできるようになってからだよ、と言ったらこの一言。ちゃんと長い文章になっていることに驚く笑。たしかに、少し前にトイレでできるよ!と言ってはいたけど笑。

 

「こまはぐあいわるくないもん!」

→かかが体調が悪く、しかしお風呂にはこまめひとりでは無理で,早く一緒に入ってしまいたい。かか具合悪いから早く入ろうよ〜と必死に話しかけていたら,こう言われてしまった。たしかに、こまは具合悪くないもんね。

 

「きゅうりあと2本あるよ?」

→これはこまめの記憶力に驚いたことば。きゅうりの酢の物が好きなこまめ、でももう作ったのがなくて、もうないよ、と話したら出てきた言葉。確かに前日にきゅうりを三本買って,一本だけ酢の物にしたからあと二本あるわけで、買い物のときからよく見ていて、あと2本ってわかったんだ!というのが驚きでした。

 

「まってて、こまこれしてるからね」とか、「いまこれやってるからまっててっていってるじゃん!」とか、そんな言葉は毎日普通に使っているこまめ。機嫌が悪いときにものにあたることってほとんどなくて、言葉でブワーッと言い返してくるので、もっと大きくなったらどうなるのやらとハラハラ。

自分の気持ちを分析すること(10歳&親業修行中)

こまめが新メンバーに加わって、3度目の年末。年齢もあるのだろうけど、まめたの成長、とりわけ内面の成長が著しい。もちろん、そういう発達段階だったということはあると思うけれど、こまめの影響は間違いなくあると思う。

 

こまめがにぃにのおもちゃを使いたがったとき、まめたがこんなことを言っていた。

 

「今日は使ってもいいよ!でも明日はどうかわかんないかも。使ってもいいよって思うときもあるし、やだなって思うときもあるからさ。機嫌悪い日もあるし。」

 

なんて的確な自己分析なんだ、と、これを聞いて驚いた。思わず褒めた。お母さんだってそれはおんなじだな、疲れててできないことキツイ言い方になっちゃうことあるもんね、それがわかってるってすごい!と。

 

他者への思いやりとか共感とかその前に、まずは自分の気持ちや状態の分析があるって、すごく大事だ。こめさんにこのことを話した時、そりゃそうだよね、ゴミが道に落ちてたら拾った方がいい行いと言われるだろうけど、拾う気持ちになるときもならないときもあるもんね、それで拾わなかったからって責められるものではないもんね、と、話してくれた。

 

自分の気持ちをがまんして、誰かのために尽くすことはしなくていい,と思う。でも、今日は誰かや何かに寛容になれそうだなってときに、誰かに自分の分を分けてあげることはできたらいい,と思う。あるいは、ほんとはめんどくさいけど、でもやったほうがいいと思うことに手を挙げられる気持ちは、自分の気持ちを大事にしていないと生まれないんじゃないかと思う。なんか、そんなことを考えさせられた。