明日から、息子は年中さんになる。
園が大好きな彼は、卒園する仲良しのお兄ちゃんのことを思っては、「いなくなるのさみしい」とシクシクと泣く。
その様子を見ていると、子どもにとって、卒園や入園という行事は、次へのステップのために大事なことだったんだ、と改めて思う。
卒園式の飾り付けをつくったり、歌の練習をしたり。彼は、彼らは少しずつサヨナラの準備をしていたのだけど、その場にいることができなかった。
「ぼくたちのかざりが飾られてるのをみたい」と彼は言ったけれど、それはできなかった。一番残念だったのは、卒園、卒業式する子どもたちや保護者のみなさんだっただろうけれど、在園児にとってもそれは大事な行事だったんだ。
その一方で、年中さんになることはとても楽しみなことでもあるらしい。「あしたのあしたになったら、年中さんおめでとうっていってね!」とニコニコでいうまめたろう。明日の朝は、おめでとう!って起こしてあげよう。
「ねんちょうさんは、しがつになったらしょうがくせいになるんだよ」
「ねんしょうさんは、ねんちゅうさんになるんだよね。あれー?でもそしたらねんしょうさんがいなくなっちゃうかもだよ?」
「そしたらどうなると思う?」
「ほいくえんのこがくるんじゃない?」→自分が保育園から幼稚園に来たので、大きくなると幼稚園に行くと思っている様子。
「保育園から来る子もいるかもしれないね。3歳のお友達が年少さんになるんだよ。」
「そしたらほいくえんはどうなるの?」
「もっと小さい子がくるんだよ。」
「そしたらあかちゃんがいなくなっちゃうよー!」
まめたろうとのこんな会話がおもしろいです。彼の中の世界の論理がわかることが、とても楽しい。
こうして話すと、彼が日々遊びながら、いろんな彼なりの知識と理論を導き出しているのがよくわかります。