はるのねいろ

まめたろうとこまめの成長記録です。

一人ひとり違う、ということ(親業主張中:番外編)

妊婦生活もあと2か月を切った。だいぶお腹も目立つようになってきたので、妊娠について声をかけられることも何かと増えてきた。その中で、心配されるのは、私が産後休暇しかとらない、ということだ。

 

権利としては、産前休暇、そして育児休暇を取る権利が私にはある。ただ、まめたろうのときも生まれる前日まで働き、産後休暇が終わったタイミングで仕事をはじめていたため、こまめが来た時も同じ形にしようと考えており、それについては家族内(まめたろう除く)でも同意が取れていたように思う。こめさんはその点、私以上にわかってくれていて、「育児しかない」状態が私にとって大変であろう、つまり適度に仕事したほうが楽だろう、と想像してくれていたと思う。そして私もそう思う。

 

何より私は働けるならば働いていたいなぁ、という希望がある。制度的に「休む権利」もあるけれども、休まずに働く権利だってあるはずなのだ。もちろん、身体が許すなら、というのが大前提ではある。産後の体調があまりに大変な状態であれば、それはもちろん見直すことになる。

 

「休まなくていいのか」「休んだほうがいいんじゃないのか」と言われるのだけれど、第一に私自身の希望として、仕事復帰できるならしたいと思っている(休みたいと思っていない)、ということがあんまりわかってもらえないなぁ、と感じることがある。わかってもらえなくてもいいのだけれど、「わからないけどそういう考え方もあるんだね」と言ってもらえないとでも言ったらいいのか。休めばいいのに、休んだほうがいいんじゃない、せっかく休めるのに…これは想像だけれど、これまでそうした権利保障をされてこなかった人達は特にそうした思いは強いんだろうな、と感じる。休む権利があると同時に、働く権利だってあるんだよ、その選択や希望は一人ひとり違うはずなんだよ、と、そんなことを感じる。